想い

今日は久しぶりに外出した。

 

お彼岸ということで

宇都宮から叔母がお墓参りに出てきたので

私もエイヤッと頑張って起きて

お墓参りに同行。

 

正直、家から出るのは大変だ。

 

でも、おばあちゃん子だった私はよく祖母のお墓参りに行く。

 

この頃は夢にも出てこないばあちゃん。

お墓の前で「たまには来てよ。私に何か言ってよ。」って伝えておいた。

 

ランチは釜めし屋さんを選んだ。

釜めしは出来るまでに時間がかかるものだが

話したいことがたくさんあったので、かえって好都合だった。

 

普段、写真を撮りなれてないので、つい忘れる(-_-;)

 

叔母は子供がいないので

小さいころからずっとかわいがってもらってきた。

洋裁が趣味で、プロ並みになんでも作る。

 

趣味で終わらせるにはもったいないくらいの腕前なのだが

売ればいいのにーと言うと

「着てくれる人を思いながら作るのがいいのよー。

誰が着るかわからないものなんか作り甲斐がないよ。」と返ってくる。

 

はあー確かにそんなものかなあ

 

誰かにプレゼントをする時にも

相手のことを思いながら選ぶから思いが伝わるのかもしれないし

その人の為に貴重な時間を割いて、選んだり、作ったり。

 

だからプレゼントされる側も

いただく「モノ」だけじゃなく「背景」も一緒に受け取らないとな。

と感じた。

 

話を戻すと

ランチにおいしいものを食べたにもかかわらず

直後に

おいしいフレンチトーストをご馳走してもらった。

 

「世界一の幸福感を味わえるフレンチトースト」と銘打っている。

 

 

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実際食べたのはこれとは違うものだったが

 

1800円もするフレンチトーストをいただいた。

今の私にしたら、1800円で何食食べられるだろう。。。

 

いやいや、至福の時にそんなことを考えずに

うんと味わおう!

「うーん♡なんとミルキーなフレンチトーストなんだ!」

 

叔母はもう年金生活だ。

こんな私に贅沢してくれてありがとう。

おいしいねって食べあうだけで気持ちがほっこりする。

 

人は色々な人に支えられて、想われて生きていて

本当にありがたい

 

「ゆーーーったり過ごしていればいいんだよ

何も考えず、ゆーーーったり」

 

そう何度も何度も言ってくれた。

 

うつ病は孤独感が強くなる。

自分には誰も必要としてくれる人はいない、とか

私がいなくなったところで悲しむのは一時で

長くても1週間たてばみんな普通の日常に戻って

笑って過ごしているだろう。

そんなものだ。と

 

以前、私の友人が自殺した。

中学生の時から仲が良かったが

疎遠になった時期も10年くらいあった。

 

最後に会ったのは自殺した2年前。

その時期、久しぶりに連絡してきた彼女は情緒不安定のようだった。

高校生の息子が非行に走って困るとか

いろいろなことを急に頻繁に連絡してきた。

 

私も子供を持つものとして色々なアドバイスをしたり

会って、話を聞いてあげたりしていた。

でもそれがあまりにもこちらの都合や時間を考えずに

行動してくるため、少し口げんかになった。

めったに怒らない私が「困るよ!」と。

 

すると彼女も逆切れしたように「わかったよ!もう絶交だ!」

と言ってそれきりだった。

少しは気になってはいたものの

その2年後「自殺した」と友人から聞かされた。

 

あぁ、あのころ。

やっぱり精神的におかしかったんだ。

私はそれをわかってあげられなかったんだ。

 

彼女はシングルマザーだった。

孤独だったに違いない。

まだ未成年の息子を残して逝ってしまったなんて

残された子供がどれだけ傷つくか考えなかったのか?

ばかばかばかばか

 

彼女にも自分にもそう思った。

 

あの時私がもっと

話を聞いてあげればこんなことになってなかったのかもしれない。

 

もっと、こうすれば、ああすれば。。。。

 

私じゃなくても、だれか、

「ゆーっくりゆーっくり生きていけばいいんだよ」

って言っていたら。

状況は変わっていたのかもしれない。

 

どちらにしても、過ぎてしまったことはもう取り戻すことが出来ないんだ。

ゲームみたいにまた保存したとこまで戻って

そこから始められたらいいのに。

 

自分がうつになって初めて気づく。

その人、その物

それはその個体だけじゃなくて

それぞれの背景があって、それが想いだったり、環境だったり

大切に感じなきゃいけないところ。

 

これおいしいねって言い合って食べられる環境も

大丈夫?って

メールをくれる人がいることも。

少なくともその時は、他のどんなことも手放して

あなたのことを考えて文字を打つ。

 

そんな自分への一瞬も

ありがたいと思えれば素晴らしいことだろう。